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大阪地方裁判所 昭和55年(ワ)3891号 判決 1983年2月28日

原告

渡辺桂子

右訴訟代理人

大深忠延

中村悟

被告

東洋物産株式会社

右代表者清算人

張有忠

右第五二五〇号事件被告

昆野卓

黒田勇

大井敏行

岡林郁男

田川良一

右被告ら訴訟代理人

張有忠

主文

1  被告東洋物産株式会社は原告に対し、別紙目録記載の通帳一通を引渡せ。

2  被告東洋物産株式会社、同昆野卓、同黒田勇、同田川良一は、原告に対し、各自金二〇万円及びこれに対する被告東洋物産株式会社、同昆野卓、同田川良一については昭和五五年七月二五日から、被告黒田勇については同年同月二八日から、各完済まで年五分の割合による金員を支払え。

3  原告の、被告大井敏行、同岡林郁男に対する請求、並びに被告東洋物産株式会社、同昆野卓、同黒田勇、同田川良一に対するその余の請求を棄却する。

4  被告(反訴原告)東洋物産株式会社の原告(反訴被告)に対する請求を棄却する。

5  訴訟費用中第五二五〇号事件について原告に生じた費用の五分の一と被告大井敏行、同岡林郁男に生じた費用は原告の負担とし、本訴・反訴につき生じた費用は被告東洋物産株式会社の、その余の第五二五〇号事件につき生じた費用は被告東洋物産株式会社、同昆野卓、同黒田勇、同田川良一の各負担とする。

6  この判決は第1・2項に限り仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

一原告が本件取引当時五二才の家庭の主婦であつたこと、被告会社が金地金の売買等を目的とする株式会社で、大阪金為替市場を媒体(市場)とする金地金の「予約取引」を行つていたこと、被告昆野はその代表取締役、被告黒田・同大井はその取締役、被告岡林はその監査役、被告田川・藤高・武智・前田はその従業員であつたこと、原告と被告会社との間で本件(一)ないし(三)の各取引がなされたこと、本件通帳が原告の所有に属するもので、被告会社がこれを占有していること、以上の事実は当事者間に争いがない。

二まず、本件「予約取引」の性質について検討する。

1  <証拠>によると、

(一)  被告会社は、法人格を持たない任意団体である大阪金為替市場(代表者は田中秀樹)に加盟し、一般大衆に対し同市場の定めた取引約定書(乙第三号証)に準拠した金取引をすすめていた。

(二)  右取引約定書上、大阪金為替市場会員会社の取引は、三営業日以内に契約日の価格で金地金と代金の授受を行う「現物取引」と、金地金の授受及び代金決済を一二か月先までの各月とする「予約取引」との二形態が定められているが、会員会社の現実の営業はそのほとんどすべてが「予約取引」であり、大阪金為替市場自身右「予約物」の価格(日々の、その日における各限月の価格)を形式する目的で設立されたものである。

(三)  右「予約取引」は、取引約定書上「納会日又はそれ以前に予約物を反対売買によつて清算することができない」(第七条)とされているが、実際は「予約取引の解約」(第二六条。なおこの解約は予約物の一部についても許される)の名目で、実質上の反対売買による清算、すなわち予約日における買又は売の限月価格と、中途解約日における売又は買の同限月価格との差金の決済による清算が可能であつて、取引実態をみても、予約取引に基づいて金地金の現物が授受されることは皆無といつてよく、会員会社ら自体、右中途解約による清算が行われることを前提として顧客の勧誘及び管理をしていた。

(四)  なお、本件取引も右中途解約による差金得を目的としたもので、本件取引(一)は買、(二)は売、(三)は右(一)(二)の取引の解約(実質上の反対売買)にあたる。

以上のとおり認められ右認定を左右するに足りる証拠はない。

そして、右認めたところによると、本件「予約取引」は、「(一定の)基準及び方法に従い、将来の一定の時期において、当該売買の目的物となつている商品及びその対価を現に授受するよう制約される取引であつて、現に当該商品の転売又は買戻をしたときは、差金の授受によつて決済をすることができる」(商取法二条四項)取引、すなわち先物取引と同性質のものであることが明らかである。

2 被告らは、右取引約定書第七条に依拠して、本件予約取引は現物の授受を目的とするもので、例外的に解約による処理が可能であるにすぎず、専ら差金決済を目的とするものではないから先物取引にあたらない、と主張するが、先物取引というためには「差金の授受によつて決済することができる」(商取法二条四項)ものであれば足りるものであるし、右予約取引の実態が差金決済を目的としたものであることは前認定のとおりである。そして、他に右「予約取引」の先物取引性を左右するに足りる立証はない。

三次に本件取引の効力について検討する。

1  前記のとおり被告会社の予約取引は実質上先物取引と認められるところ、大阪金為替市場が商取法に基づいて設立された商品取引所でないことは当事者間に争いがない。

ところで、商取法はその八条で先物取引をする商品市場類似施設の開設及び右施設での売買を禁止し、違反者に対しては刑事罰をもつて臨んでいる(同法一五二条、一五五条)が、右八条により禁止の対象とされている商品が同法二条二項のいわゆる指定商品に限られるのか否かについて争いがある。

そこで考えるに、組織的・継続的に行われる商品先物取引は、公正価格形成機能、いわゆる当業者にとつての保険つなぎ機能等、発達した取引社会における有用性をもつ反面、その射倖的契約構造から、過当な投機や不健全な取引を誘発するおそれも高く、取引の仕組や相場に充分な知識を持たない大衆がこれに巻き込まれて不測の損害を蒙る危険性も社会的に無視できない。そこで商取法は、かかる弊害に対処するため、一般大衆保護の趣旨をも含めて種々の規制をしており、現在のところ同法がかかる集団的・組織的先物取引を規制する一般法としての地位を占めている。

そうすると、右同法の趣旨からみて、同法八条が指定商品のみを規制対象としているにすぎないとは解し難いし、同法八条一項が特に明文をもつて証券取引所を除外しているという規定体裁からみても、あらゆる商品の組織的・継続的先物取引が同法八条の規制下にあるとする旧来の通説的解釈(同時にこれは後記変更前の政府見解でもあつた)が相当であると解せざるを得ない。

なお、<証拠>によると、昭和五五年四月、内閣法制局が、従来の見解を一八〇度変更し、商取法八条の禁止対象商品は指定商品に限られる旨の新見解を公にしたことが認められ、また金が同五六年九月二四日まで同法二条二項の指定商品とされていなかつたことは当裁判所に顕著である。しかし、本件取引はいずれも右政府見解変更前の行為であるから、前記解釈に立脚しても、本件につき法的安定性を害する等のおそれはない。

2  次に、大阪金為替市場ないしその会員会社の実態についてみると、<証拠>によれば、

(一)  大阪金為替市場は昭和五二年九月に設立されたが、法人格を有しないため責任の所在も明確でなく、その会員は設立当時一〇数社、ピーク時の昭和五四年ころには二六〜二七社、昭和五六年四月時点では一四社であつたところ、設立時から右昭和五六年四月時まで引き続き存続している会員会社はひとつもなく、詐欺・恐喝等の刑事々件に関連して除名されたものが三〜四社、倒産あるいは事実上消滅したものが一〇数社にのぼるなど、一般大衆の委託を受けて先物取引を行う会社としての資質や経済基盤の劣悪なものが多数加盟していた。

(二)  しかるに同市場は、委託保証金を市場に預託させる等の顧客保護のための制度をもたず(ないしはこれを実行せず)、会員会社が除名されたり倒産したときにも顧客保護のためには何らの処置をも講じないという状態にあつた。

(三)  また、同市場における先物価格の決定方法は、当初はセリ方式・次いで「オファー方式」(国内の現物価格を基準とし、海外市場の価格を参考に市場の担当者が値決めする方式であるというが、その詳細は判然としない)に変わり、更にまたセリ方式、次いでオファー方式へと再三にわたつて変更されているところ、この間、一部会員会社は同市場を通さないいわゆるのみ行為や客との相対取引を行い、また少なくとも過去においては一部会員会社と市場幹部らによる談合と価格操作すら行なわれていた。

以上のとおり認められ、右認定を左右する証拠はない。そして、右みたところによると、大阪金為替市場での先物取引は、単に非公認市場におけるものであるというにとどまらず、組織・機構的にみても大衆顧客に不測の損害を生ぜしめる危険度の高いものであつたというほかはない。

3  更に、本件各取引の経緯についてみると、<証拠>によると、

(一)  本件当時被告会社はテレコールのパート女性を使つて電話による無差別の勧誘を行つたうえ、見込客については営業部員を派遣して取引勧誘させており、原告もかかる方法によつて勧誘された者の一人である。

(二)  原告は家庭での主婦で、商品相場の知識もなく、昭和五五年三月二五日の勧誘に対しても、当初これを拒んでいたが、被告会社の営業部員である被告田川(肩書は主任)、藤高昌昭、武智日出夫らは、一人留守番をしていた原告に対し、金の延板を示しながら三時間に及ぶ勧誘を続けた。

(三)  その際同人らは、本件取引の具体的な性質や仕組、すなわち本件取引が私設市場での実質的先物取引で、投機性を有し、多額の損失を蒙るおそれもあること、当初の「予約金」(委託本証拠金に相当する)のほかに「取引維持保証金」(委託追証拠金に相当する)が必要となる場合があり、これが納入できない場合には解約とみなされ多額の損失となること等について充分な説明をせず、「必ず儲かる」「銀行金利よりずつとよい」「絶対損をすることはないからまかせてほしい」等と本件取引が損を生ずる恐れのない安全かつ有利なものであるかの如く強調し、しかも、「現金がない」と逡巡する原告に対し、貸付信託通帳でかまわないから、と更に誘いかけ(右通帳は受益証券・信託証書の預り証であるにすぎず、それ自体としては有価証券でもなく、価値権の把握としての担保力はないし、現に本件取引約定書上もこれをもつて保証金ないしその代用として認められていない。乙第三号証の第一一条)、結局本件取引の内包する危険性について充分理解していない原告をして、本件取引(一)に応ぜしめた。なお、原告は三キログラムもの金地金(その価格は右時点で一三〇〇万円を超えると予想されている)を購入する資力も、意思もなく、原告が右取引に応じたのは、同人らのいうにまかせれば利益があがるとの考えからであつたにほかならず、もとより同人らもこれを承知していた。

(四)  また、本件取引(二)については、被告会社の社員山田稔(肩書は課長)、前田光雄(同係長)が、本件取引(一)で買建てた金の価格値下りによる損失の増大を防止するためと称してすすめたものであるが、この際にも同人らは前記本件取引の性質・仕組、更には右取引が解約(いわゆる手仕舞)できることの説明をせず、そのため原告は、損失増大を避けるには右取引に応ずるほかはないと考え、これに応じたものである。また右両取引はいわゆる両建にあたるものでもある。

以上のとおり認められ、右認定を左右する的確な証拠はない。

被告らは、本件取引については原告に取引約定書(乙第三号証と同じもの)を交付しており、取引内容についても充分説明し、原告の納得を得たうえで行われたものであると主張するところ、<証拠>によると右取引約定書交付の事実が認められ、同約定書第一六・一七条には「取引維持保証金」についての定めもある。

しかし、右取引約定書は第七条で反対売買による清算の禁止をうたつている(もつとも同二六条によつて実質的にはこれができる仕組となつていることは前述のとおり)のに、被告田川らのすすめた取引は差益を目的とした清算取引であつたし、前認定のとおり約定書上認められていない貸付信託通帳を予約保証金代用として認めるなど、同人らの言動自体が右取引約定書と矛盾しており、また、「取引維持保証金」についても、その必要性と納入不能の場合の損害につき充分な説明がなされておれば、一家庭の主婦たる原告が、夫等に相談もせず一存で本件取引に応じたとは考え難いので、右被告らの主張は肯認できない。

4 以上認めたところによると、本件取引は、性質上商取法八条二項違反の売買を委託するものであり、実質的にみても、委託者保護の制度的保障を欠き問題のある会員会社を相当数かかえた市場を媒体とするものであることから、組織的・機構的に危険性も高く、またその勧誘についても、電話による無差別勧誘であたりをつけ、先物取引の顧客としての適格を欠く主婦を相手に長時間執拗に働きかけ、その際本件取引が私設市場での先物取引で投機性を有すること、取引維持保証金(追証)が必要とされることのあること、この不納入の際に生ずる損害等について充分な説明をしなかつたなど、著しく不公正な方法によつてなされたものというほかはないから、公序良俗に反し無効なものというべきである。

四そこで、被告ら主張の和解契約についてみる。<中略>

五最後に原告の損害賠償請求について検討する。

1  被告会社の行つていた金地金予約取引が私設市場での先物取引にあたり、しかも大阪金為替市場が顧客保護の制度を設けていない等の問題点をもつていたことは前示のとおりであるから、そもそも一般大衆にかかる取引をすすめること自体が違法であると解されないでもないが、そこまで断ずることはできないとしても、最低限一般大衆にかかる取引をすすめるにあたつては、適格者を厳選するとともに、右取引の性質と仕組につき充分な説明を行い、いやしくも右取引が安全確実であるかの如き誤解を与えることのないよう配慮しなければならず、かかる要請は、商取法による法規制下にある公認の商品市場における先物取引にくらべてより一層厳格に守られる必要があるというべきであり、これに違反すれば違法となると解されなければならない。

しかるに、本件取引に際し、被告田川らが右要請に明らかに反し、著しく不公正な方法で原告を勧誘し、その結果原告を取引に引き込んだことは前記三3の(一)ないし(四)で認めたとおりであり、しかも、<証拠>によると、右被告田川らの所為は、個別的・偶発的なものではなく、被告会社の営業方針にそつたものであつたと認められ、右認定を覆す的確な証拠はない。

そして、被告昆野は本件当時被告会社の代表取締役の地位にあつたから、特段の事情のない限り被告会社の業務執行全般にわたつてこれを指揮監督していたと認められるので、右被告会社の違法な営業方針の実施についてもこれを了知し推進していたと推認するほかはない(これに反する証拠はない)ところ、右違法な勧誘によつて取引に引き込まれた者が、物心両面での被害を蒙ることのあることは当然予想されるところである。

また、被告黒田についても、<証拠>によると、被告黒田は本件当時専務取締役の地位にあつただけでなく、永らく商品取引会社に勤務し、被告会社設立にも参画し、当初はその代表取締役に就任していたと認められるから、同じく被告会社の右営業方針の決定・実施に参画していたと推認でき、被告昆野と同様の責任があるといわなければならない。

以上の次第で、被告会社、被告田川、被告昆野、被告黒田には、本件取引に巻き込まれたことによつて生じた原告の損害を賠償する責任がある。

2  次に被告大井、被告岡林についてみると、被告大井が被告会社の取締役、被告岡林が同じく監査役の地位にあつたことは当事者間に争いがないものの、同被告らが被告会社の営業方針の決定・実施に参画したと認めるに足りる証拠はないし、他に右両被告の不法行為責任(被告岡林については商法二八〇条、二六六条の三の責任についても)を肯認するに足りる証拠もない。よつて右被告両名に対する請求には理由がない。

3  <証拠>によれば、原告が本件取引に関連し、自責の念にさいなまれ、弁護士である原告訴訟代理人に本件一連の訴訟の提訴・応訴を委任することを余儀なくされた事実を認めることができる。

そして、右原告の労苦は軽からざるものがあつたとは推認できるが、他方、被告田川らの甘言にのつた結果とはいえ、原告が本件取引に応じたについては、原告自身の側にも節度と常識をわきまえなかつた落度があつたといわざるを得ないし、その他本件取引により金員を出捐した等の直接的具体的被害は生じていないこと等の諸般の事情を考え併わせると、本件取引に起因する原告の慰藉料は金一〇万円をもつて相当と認められる。

また、弁護士費用については、本件事案の性格、訴訟の経緯等に照らし、金一〇万円をもつて相当範囲と認めることができる。<以下、省略>

(小島正夫)

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